鬼怒川温泉廃観光道路(再訪)4-④
それは・・・
鬼怒川有料道路の旧道とも言える道路だった・・
現在観光遊歩道と化した廃道・・・
その真髄にせまる(せまりたいと思う・・・)
*探索日2011年12月23日*
吊り橋への分岐部まで戻ってきた
ここから向かって右側に 下に行ける階段があり、吊り橋へ続いてるようだ
ここは2段にになったスペースが有るようで
この場所と
さらに下・・(吊り橋と並行した)ところにもスペースがある
そこには
この・・トンネルの広場でみた鬼とポーズが違う奴がいた
それから・・スタンプも置いてあって・・試しに手に押してみたが・・
おっさんの脂ぎった手では・・この解像度が限界・・・
なんだか・・わからない・・・(´・ω・`)
この吊橋だが
「きぬたていわおおつりばし」というらしい、、漢字で書くと「鬼怒楯岩大吊橋」
なんだか・・全部詰めこんだ名前だが
いいんじゃない! いいと思うよ!(`・ω・´)
さて・・いよいよ渡ろうか・・・
って!?
ぐふぁ!!!
吊り橋の上に敵(カップル)がいっぱいいるぅ!Σ(゚Д゚;)!
この吊橋・・景色を楽しむためか・・中間地点が広くなってる
そこに敵(カップル)がてんこ盛りいて
写真をとってるじゃねーか!Σ(゚Д゚;)
くそっ!足が・・足が動かん!! 動けー!動けよオレの足!!
男には負けるとわかっていても行かなきゃならねー時があるんだよ!!
動けオレの足!(゚Д゚;)!!
・・・・くぅ・・・
なんとか・・なんとか・・・渡り始めることに成功したぜ・・・
おおおお!!!!
景色が超綺麗!!!!!
よく見ると「縁結びの鐘」があった展望台も見える!!
これは綺麗だ!!!!
はぅっ!!!
しまったーーーー!Σ(゚Д゚;)!!
景色に見とれているうちに 敵(カップル)が動いたのか!?
いつの間にか
囲まれてる(゚д゚lll)
ヤバイ!!ヤバイぞ!!
「すいませ~ん。写真とってもらえますか~?♥」攻撃されたらどうする!?
彼女のいないオレがラブラブカップルのラブラブ写真を撮ることになるのか!?
まずい!考えただけでも心停止しそうだ!!
デジカメをぶら下げてるオレは格好の標的だ
ここは悟られないようデジカメを服の中に隠し・・
目を合わせないようにし 何事もなかったかのように 素早くこの場を去るしかない!!
くふぅ・・できた・・・なんとか・・敵(カップル)の標的にされず
危険地帯を抜けることができたぜ・・・・
ふぅ・・12月だというのに汗だくだ・・・
恐ろしいところだぜ・・・・(;´Д`)
吊り橋を渡り切ると
広場があり 奥が駐車場になっている
・・なるほど・・・
この敵(カップル)たちが何処から来るのかと思ってたが・・
ここが供給場所だったか・・
この広場には
こんな表示があった
どうやらここは平成21年に整備されたらしい
さらに・・この辺りを含む楯岩(縁結びの鐘があったところ)付近は「愛のパワースポット」だという・・
「愛のパワースポット」・・・
・・・・・敵(カップル)が多いわけだぜ・・
このところ・・鬼怒川温泉も観光客が減ってきているらしい・・
集客効果を狙って あの廃道&廃トンネルをリサイクルして
観光スポットとして売出したんだろうな・・
まぁ・・誰一人通らない死んだ道が生まれ変わって多くの人で賑わうのは
いいことだろうな、廃トンネルがなくなったのは寂しいが・・地元民として応援することにしよう
そしてこの表示の一部を拡大したのがこれ
「楯岩トンネル
遊歩道を楯岩展望台に、長さ72mの楯岩トンネルがあります。楯岩トンネルは、母なる大地の
胎内胴であり、楯岩(子宝岩)へとつながります。」
「馬頭岩
子宝岩(楯岩)へ通じる胎内胴(トンネル)は、会津と東京を結ぶ小佐越新道の脇道として作られ
た手彫のトンネルです。かつては物資を運ぶ手段は馬車が中心で、街道には人・馬一体の汗がしみ
込んでいます。そのような背景があり、このトンネルを掘った人々の無事の開通を願う必死の思いが
凝縮されて、自然に馬頭の形(レリーフ)をトンネル内に浮かび上がらせたに違いありません。この
馬頭岩がトンネルを通る人々を必ずやさしく見守ってくれることでしょう。」
なんか・・わかったような・・わからないような・・・
(´・ω・`)ショボーン
とりあえずトンネル名が「楯岩トンネル」長さが72mあることは分かった
・・馬頭の形のレリーフがトンネル内に浮かび上がってるとか書いてあるが・・
そんなのあったかなぁ?・・・
しかしここで注目して欲しいキーワードは「小佐越新道」の文字
小佐越新道は1804年頃にできた道で
会津西街道の脇道として、現在の五十里ダムあたりから川治、滝村(現在の鬼怒川温泉)へ至り
さらに宿場を避けるように鬼怒川西岸(右岸)を進み今市に至ったらしい
・・幕末の頃 この宿場を避ける裏ルートを利用して 中附と呼ばれる非正規の物資運搬者が発達したため
正規に会津西街道経由で運ばれる荷が減り 各宿場は対抗手段として
小佐越新道の万歳橋(現在の五十里ダムにかかる海尻橋付近)を取り壊すという強行手段に出たとある・・
なんか・・バイパスができたために・・売上が減ってしまう商店のようだが・・
この広場にある表記が正しければ・・この道は会津西街道の脇道の小佐越新道の
さらに脇道として作られたようだ・・
・・たしかにこの道も鬼怒川西岸(右岸)にある
だが・・どうだろうか・・さすがに江戸時代に70mのトンネルを掘るのはきびしいだろう・・
少なくとも明治に入ってから出来た道だと思う
さらに・・最初は人や馬がやっと通れるくらいのトンネルで、昭和に入ってから観光用として
車も通れるよう拡幅されたんじゃないだろうか・・
もちろんオレの脳内の妄想なんで江戸時代に素掘りのトンネルを掘ったことも否定できない
いや・・逆に70mとまではいかないまでも数mのトンネルが小佐越新道の脇道として江戸時代に出来たとなれば・・・・
これは・・ものすごく漏れる・・いや萌える!!! (*´Д`)ハァハァ
そんなことを考えながら佇むオレは・・ものすごく気持ち悪い顔だったのだろう・・
なんか人はいるが・・周りに人がいない・・・
ヤバイ・・通報される・・(゚д゚lll)
意味が無いが・・吊り橋のアンカーでも写真にとって顔を戻そう
しかし・・このアンカーでかくて素敵・・ (*´Д`)ハァハァ
ところで・・小佐越新道は何処を通ってたんだろうな・・
小佐越という地名は現在の日光江戸村付近で鬼怒川西岸(右岸)
この辺りは国道121号線のバイパスが走ってるから ほぼこのバイパスのあたりだったと思うんだけど・・
この楯岩トンネルのあたりはどうしてたんだろう?・・
あのトンネル・・山側も川側も崖で・・何処にも道を通す余裕が無いように思えたんだが・・
もしかすると・・以前廃トンネルの頃探索した・・トンネルの脇から山に登る階段のあたりがそれなのかなぁ・・
でも・・よく写真を見ると山の上に鉄塔があるから・・ただの鉄塔の巡視路というオチかもしれない・・
うむ~・・よくわかんないなぁ。。。
さて・・そろそろ風が冷たくなってきたし・・
あの落石廃道を通らなきゃならないし・・
帰るか・・
どうやら敵(カップル)も吊り橋を渡り終えたようで・・
誰もいない、、そういえばこの吊橋。。全長は140mもあるらしい
ゆっくり景色を見ながら渡れそうだね~ヽ(´ー`)ノ
おほぅ!!!!
高けーーーーー!!!! 水面までは37mとか書いてあったな!
股間がキュンキュンするーーー!
そういえば吊り橋効果とか聞いたことあるなぁ
恐怖によるドキドキを恋愛感情によるドキドキと錯覚してしまい恋に落ちてしまうらしいが・・
・・・なるほど!!・・読めたぞ・・・
この遊歩道に巧妙に隠された真実の姿がわかった!
(゚Д゚;)!!
吊り橋渡る(ドキドキ)
↓
トンネル入る(ドキドキドキ)
↓
展望台上がる(ドキドキドキドキ)
↓
縁結びの鐘を鳴らす
ステキ!!抱いて!(゚Д゚*)!!
これか!!
この各所に配されたイベントと道筋が完璧に計算されつくした配置だったとは・・
この遊歩道を設計した奴は
天才か・・・。
さてトンネル前の広場まで来た
あとは柵を乗り越えて帰るだけだが・・
しまったーーーーー!!!
!(゚Д゚)ガーン
多くの敵(カップル)が吊り橋を渡り終えたってことは
みんなここに居るんじゃんーーか!!!!
くっ!ミスった・・・
こんなに多くの目があるとこで柵を乗り越えることなどできねーよぉ!(;´Д⊂)!!
どうする・・・くぅ・・仕方ない・・
景色でも見るフリして・・人が少なくなるのを待つか・・
うう・・もろに挙動不審だなおれ・・・自分でも目が泳いでるのがわかるよ・・
そういや・・4年前に登った・・あのトンネル脇の階段は・・どうなってるんだろう・・・?
・・・敵(カップル)の不振な視線が気になって・・的を得てない写真だが・・
階段は残ってる・・・行けなくはなさそうだが・・・
今の状態では・・この柵を乗り越えるのはキツイな・・
それより・・気が付かなかったけど・・奥に石垣が見えるが・・なんだろう?・・
近くで探索したいが・・これも難しいか・・
まぁ今までと違い・・吊り橋を渡れば簡単に来れるんで
こんど・・日が伸びてきたら 早朝の観光客がいないときにでも探索したい
こんなことを思いながら徘徊してると・・
あうっ!!!
人がいなくなったぞ!!!
鐘の音は聞こえるが 展望台からはここは死角だ
今がチャーーーンス!!!(゚Д゚;)!
くふぅ・・よし・・・
なんとか・・誰にも見られず・・・廃道区間に復帰できたぜ・・
ふぅ・・しかし・・何故だろ・・
こんなにも荒れて危険な場所なのに・・・
妙に落ち着くのは・・
やはり・・廃道はオレの生きている証なのか・・
なんとなくだが・・本当はここも遊歩道にしたかったんじゃないだろうか・・
しかしあまりにも危険なため断念したんじゃないだろうか・・
ふと・・上を見上げると
楯岩の展望台へ続く手すりが見えた・・
鐘の音は聞こえるが・・誰も顔を出さない・・・
多分これからもあそこからこの道を望むものはいないだろう・・・
観光地となった廃道・・・
そして観光地になれなかった廃道・・・
光と影の廃道は これからも表裏一体として
同じ時を刻んでいくのだろう・・・
by mimoru68 | 2012-01-15 10:00 | 廃道