それは・・廃温泉・・
塩原の静かな森に眠る忘れられた温泉街は
文明の音のない深い森の中で眠っていた
そんな廃温泉を探索してみた
*探索日2024年6月13日*
あれから7年・・・
最後の記事を書いてから・・
結婚したり体を壊したり禿げたりしながら引きこもっておりました
しかし最近廃道友達【(注)小学5年生】ができたんで(゚∀゚)
ハゲた頭をあげて廃分を探しに行ってみた・・(*´Д`)
この日・・塩原に用事があったんだけど4時間ほど時間が空いたんでどうするか考えてたら
・・そういえば・・ネット情報だけど・・廃温泉があるって見た気がしたな・・
ここから近いし・・行ってみるか・・(´・ω・`)
ってことで・・少し車を走らせ
Googleマップ様を信じて「須巻温泉」なる場所に行ってみる
たしかこの信号を右折して・・

おお・・・道が・・険しくなってきやがりました・・( ・`ω・´)
おおおお!!これは!?ヽ(`Д´)ノ
石垣・・・(*´Д`)ハァハァ
この須巻温泉は最盛期には2~3軒の旅館があったらしいんでその名残だろうか・・
道はコンクリート的な舗装路だけど・・
なんだか水浸し・・・(´・ω・`)・・
いつもこうなのか・・この時期だけこうなのか・・・
ひえっ・・ヽ(`Д´)ノ・・・
泥沼のようじゃねーか・・・(T_T)・・・
長靴はいてくればよかったなぁ・・・(´・ω・`)・・
7年経っても相変わらず防御力は低いままだな・・(´・ω・`)・・
そういや・・熊ずずも持ってくんの忘れたなぁ・・
7年経ってもなんか抜けてんぁ・・髪の毛も抜けてるし・・(;_;)
まぁ・・そんなに森の中じゃないし大丈夫だとは思うけど・・
時々手を叩いて音出しながら行くか・・・
むぅ・・・これは・・
おっさん好みの苔むした階段・・(*´Д`)ハァハァ
こういう・・「廃」が好きなんだよねぇ・・・
家の庭にこういうの作れないかな。。(´・ω・`)
・・・・なんぞこれ???
家にしては小さいし・・・
ああ・・・
なんだか・・温泉成分ぽいのが流れ出してる・・・
この須巻温泉は・・
温泉旅館が廃業したあとは
温泉付きの分譲地として再開発されたらしいので・・その温泉供給口だろうか・・
この辺の配管も温泉供給用だったんだろうなぁ・・・
むむ・・・???!
なんだあれ・・???
また一味違う小屋が出てきたぞ・・
ちょっと行ってみるか・・
下はすごい苔・・・
モフモフが気持ち良いくらい(*´Д`)ハァハァ
おおお???
小屋の中は・・荒れて入るが
なんとなく更衣室っぽい・・
ってことは
!!!!!???
これかぁ!!!(*´Д`)!!!!
なんとなく池っぽいのがあると思ったら
これが須巻温泉の野湯
どれどれ・・湯加減は??・・・
ぬるっ!!??(゚д゚)??
たぶん・・温度は37~38度(当社比)くらいかなぁ
体温より温かい程度だと思う
さすがに・・これは入れないか・・・(´・ω・`)
この温泉街は・・(廃)分譲地になってるらしく・・少しあたりを歩いてみる
うむ・・いいねぇ・・(*´Д`)ハァハァ
この凸凹縁石がいい味だ出してる・・(*´Д`)
この須巻温泉は・・・歴史を紐解くと・・・
貞享(じょうきょう)4年とかいう・・ちょと何言ってるかわからない年号の頃(西暦1687年・・ちなみに生類憐みの令が出されたのがこの年・・)
坂内文衛門という方が大工の八木沢六左衛門と職人たちの協力で畑下という須巻温泉の箒川を挟んだ対岸の地に
温泉熊野三山大権現を創建したようでこれが畑下湯治場と須巻の発展につながったらしい・・
その後最盛期の大正から昭和にかけては3軒の旅館
滝湯のあった「根本屋」 打たせ湯のあった「須巻楼」 万人風呂があった「霞上館」があったようだ・・
明治19年頃にでた「塩原繁昌記」という本には・・
「須巻へと伝へる所に温泉場あり経路を登ること八町許り。湯守は根本氏、2階造りの楼を構へて可成り手広く酒食ともに客の需めに応ず
中にも名物の団子あり。一盆二銭、下戸も上戸も争ひて之を喰う。浴槽は楼に接して二坪、同質の温泉なり。六筋の滝も懸う。
故に滝の湯と伝う。之れに浴して腰を叩かせ、頭を打たせて上症(のぼせ)を引き下げ、更に楼に上りて一酌し、酌に乗じて手枕を呼ぶなど
真に人間の小極楽」・・・・とある
おっさんの脳内ChatGPTで翻訳すると・・
「須巻に行く所に温泉があんねん..870mくらい歩くんやけど、根本ちゃんていう・・かなり手広くやってる人の建物があってよ・・中には名物の団子が
一盆200円で売ってんねん・・もう美味くてさ酒飲みも飲まないやつも食いまくるほどやでww
温泉の浴槽は畳4畳ほどあるんや・・そんで6本の滝が落ちてやがるんだよつまり「滝の湯」って・・そのまんまやないかい!!www
この温泉滝にさ・・腰とか頭を打たせるとさ・・のぼせっちまうんだよww・・そしたらよ館に上がって一杯ひっかけて
手枕なんかして横になると・・もうここは極楽かよww あかん・・人間ダメになりそうや(草)!!」
・・て感じか(個人の翻訳です)・・これが根本屋の始まりだったんだろうな・・
その13年後くらいの・・明治32年に塩原プチ旅行をした尾崎紅葉の手記「塩原紀行」では
「須巻への山路を問う。之も迷いやすいと伝う。民家ついて問い其の道を行きしにはせる哉、踏迷ひて先来りし塩の湯にの大道に出ず。
己むなく塩釜に出で、更に畑下戸よりて七、八丁の山を行き、喜十六の山腹に須巻野湯を探る。
名物須巻団子一盆5銭5厘。形三角銀杏の如く、黄粉の白砂糖沢山にて、茅の茎の如きを一本箸にして出す。
蕎麦を打たしむ。二人前五銭。其色、蜀黍(モロコシ)の如く香味高けれども、美ならず。薬味に青紫蘇の実と青山椒との刻みたる塩漬けを用いるには閉口せり
六本の樋を九尺許の高さに掛けたるは奇なり。次の棟には通常の浴槽を設けたり。」
とか書いてある・・こっちもおっさんの脳内Google翻訳にかけると
「須巻温泉に行ってみたいけど・・まよいやすいらしいっす・・近くの民家で道を聞いてみたっすけど・・なんだか塩の湯の道に出ちゃったっすよww
あいつ・・間違った道を教えやがったっすな(動揺)。しかたないから畑下ってとこから870mくらい山歩きしたらあったっすよ!!
名物の団子が売ってるから一盆550円で買ってみたけど砂糖たっぷりで甘いっすなぁ・・何で食うのかと思えば茅の茎の一本箸が出されたっすよ・・・
蕎麦もあって二人前で500円だから食ってみたけどトウモロコシみたいな色でさ・・香りもいいけど綺麗ではないっすなぁ・・薬味が紫蘇の実と山椒ってのはどうかと思うっすよ・・(´・ω・`)
滝の湯は・・六個の樋を3m近い高さに掛けて滝みたいに落としてんのは不思議な光景!でも隣は普通の浴槽になってるっすよ
ってかんじかなぁ・・(諸説あり)
根本屋はこんなかんじだったのか・・
そうしたら・・「須巻楼」はどんなだったんだ・・
色々調べると・・以外に最近(と言っても・・数十年前だけど)まで建物が残っていたらしい
三階建の館で・・その後ろに別荘地が広がっていたらしい・・
1975年頃の空中写真を見ると・・
画像中央上に建物がある・・・
この位置は・・
ここ・・・この石垣が・・須巻楼の跡地なんか・・(*´Д`)
さぞかし立派な旅館だったんだろうなぁ・・
そうなると・・最後の「霞上館」は・・・
ヒントはそこにあったとされる「万人風呂」・・
実はの探索のあとに須巻富士なる山に登ったんだけど・・
帰り道・・駐車場に着く直前に・・沼地みたいのが見えた・・
その時は・・古い砂防ダムかと思ってたんだけど・・
近づいてみると・・
祠と石灯籠がある・・・
おくは・・・
おおお!!
これは・・・これがもしかしたら・・「万人風呂」の跡地か????( ・`ω・´)
よく見ると奥の方は
立派な石垣で段々になってる・・
あの辺りは宿泊棟だったのかなぁ・・・
須巻温泉と呼ばれるあたりからは少しだけ・・離れてるけど
このあたりが霞上館の跡地なんだろうなぁ・・(*´Д`)
さて・・それじゃ
最初に戻って・・須巻富士とかいう山があるようなんで
まだ時間があるし行ってみるか・・( ・`ω・´)
・・・つづく・・・
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